『私のオーストリア旅行』
第28話 " ホームビジット 2 "
――――― Wien 観光 ―――――
♪ 博物館
まず、ホストファミリーに博物館へ行こうと言われたことに驚きました。しかし行って見て納得。ドイツ語の説明が読めないのが幸い、文字から納得しよう等と思わなかった私が賢明。そこだけで日が暮れてしまう程の内容と収蔵量です。今のウィーンあるいはオーストリアを支えている文化を、言葉で語るより、見て感じてもらおう、説明と翻訳の手間も省けると一石何鳥もの効果です。
私の住む大津は、名所旧跡に事欠かないので、私がホストファミリーの場合はそれまで、お客様は概ね有名寺院などへお連れし、次に琵琶湖を味わってもらい、グルメの雑誌にでていそうなお料理を食べ、お土産を買いたい人には、デパートかお土産屋さんをデザートがわりに案内する、これがフルコースでした。これ以来、私も外人のお客様には、一応好みを聞き、博物館か、美術館をコースに入れるようにしていますが、残念なことに、なかなか自慢できる博物館が無いのが現状です。
♪ 蚤の市
パリ、クリニャンクールの "蚤の市" は有名ですが、ウィーンにもありました。「今日は土曜日だから休日だけ開かれる"蚤の市"に行かないか。」というホストの提案に、我々は金魚のうんこ、もとより反対する気持ちなどありません。
通常はだだっ広いであろう広場が、今日は人でごった返しています。それぞれがいらない物を持ち寄って売っている、今で言う「フリマ」(=free market)でしょうか。
長い伝統のある、物を大切にするヨーロッパですから、一見ガラクタに見えて結構、値打ちのあるものが並んでいるに違いないと思って、たくさんのガラクタの中からひとつを手にとって丹念に眺めても、私の目には、やはりガラクタ。くすんだものばかりです。私は古いものを嫌いではないので、何か記念に買って帰ろうとしたのですが、安くはありません。個人的に、思い入れがあって、値段を落とすわけにはいかないのでしょう。値切るという才覚も言語能力も無く、結局諦めましたが、くすんだ石の建物に取り巻かれた広場にピッタリに似合う古いものが、それほど私にとってアトラクティブでなかったのは、日本がその頃、右肩上がりの高度成長真っ只中にあり、新しいものに取り巻かれていたからかも知れませんし、私に全く鑑識眼が無かったのかもしれません。
みんながそれぞれ思い思いに、小さな台の上の"お宝"を品定めして歩いているうちに、気がつくと、ホストは、半分が銀色に光った直径20pばかりのガラスの球を手にしています。庭で電球のカバーに使うのだそうです。客人の案内をしながら、ちゃっかり自分の用も済ます………なんて合理的なんでしょう。
♪ 楽譜屋 Musikhaus Doblinger
「したいことを言っても良いんだ。」と気がついた友人が、お土産に楽譜が買いたい旨をホストに申し出ると、直ちに、行きたい人と行かない人を分け、快く、楽譜専門店と宮廷武器甲冑博物館へそれぞれ案内する手はずを整えてくれました。私は彼女と楽譜屋へ。両側に古い石造りのビルが並ぶ道をいくつか曲がると先ほどの喧騒はどこへやら。しっとりと落ち着いた町並みのとある一軒に到着。10段ほどの階段を登ってドアをあけるとそこが楽譜専門店Doblinger。外からは何かの店である目印となるようなものは殆ど見られません。中は暗くて、けばけばしい色彩は一切無く、ふと京都の老舗を思出ださせる雰囲気。そんなはずは無いと思っても、ひょっとしてモーツアルトもここに来たかしらと…タイムスリップしてしまいそうです。数人のお客が静かに楽譜を選んでいます。音符は翻訳しなくても理解できます。私もハイドンの簡単なピアノ曲集を買いました。
目的を達成。さあ、集合場所はシュテファン大聖堂です。
(楽譜屋の住所: WIEN 1. DOROTHEERGASSE 10 .52 35 04)
♪ シュテファン大聖堂 St.Stephan
ウィーンの象徴、"シュテッフル" と友達のように呼ばれるシュテファン大聖堂にやってきました。ウィーンの町のどこからもあの高い塔が見え、ウィーンっ子にとっては、ウィーンに帰ってきたのだなあと、感傷的にならせるものだそうです。
ケルントナー通りの突き当たり一番の繁華街です。その時は地下鉄工事の真っ最中で、危ないので足元ばかり見て歩いていて、自分がもうシュテファン大聖堂のそこに来ていることを、上を見上げてはじめて知ったような状況でした。頭の真上に、威風堂々と天に向かってそびえる尖塔がありました。大聖堂の入り口付近まで板囲いが迫り、工事現場の飯場と間違えるほどの、庶民的な雰囲気です。
でも、高い天井までおおらかに伸びるアーチ型の線が目を引く堂内に一歩入ると、立派な装飾があちこちに見られ、突然中世になります。暗くひんやりして、話し声がワーンと響きます。何より驚いたのは、聖人など偉い人のお墓が、我々の歩く床の下にあることでした。何やら読みにくい文字で墓碑銘がいくつも書かれています。St.Stephan の St.とは Sankt〔ザンクト〕(=Saint)の略 "聖なる"という意味ですが、ここは物見遊山の観光客が一杯で、残念ながら、前方奥の祭壇以外は、それほど聖なる場所という感じはありません。
そんなことも想像していなかったのですが、あのモザイク模様の屋根がすぐそばに見える高さにまで上がることが出来るのです。ヨーロッパの観光的教会は内部に上手にエレベーターが隠してあって、我々が、楽に天の父なる神のそばに行けるように配慮しています。そのときには神に自動的に献金できるように入場料も取ってくれます。建築当時からそこにあったと言われても納得しそうな、この新旧の融合は、特にオーストリア人の特技とするところだと、オーストリア人が書いているのを近年、見ました。私が感心した事は本当だったのですね。
私は"高所大好き症"ですから、寒すぎる強い風も、見下ろすと、気の遠くなるような、豆粒大の人影も、延々と広がるウィーンの町の景色も、全て心地よく、ドイツ語で言えばGemuetrichkeit〔ゲミュートリッヒカイト〕。ついでながら、Gemuetrichkeitはオーストリア人が最も大切に考える心情だそうです。あまりの快適さに、それ以来教会に行けば、必ず登れるかをたずね、可能ならエレベーターが無くても登ります。もちろん、階段よりもエレベーターを好みますので、あればそれに越したことはありませんが。
一通りの市内観光を終えて、再び車に分乗、市電の走るリンクシュトラーセを国会議事堂の前から、緑濃い京都の岡崎あたりにとてもよく似た地域を抜け、今度はいよいよ郊外の、ホストファミリーの家へ向かいます。