『私のオーストリア旅行』
第21話 " 夜のウィーンの街で 1 "
―― 市 電 ――
パーティがお開きになった後、我々は三々五々ウィーンの街に繰り出しました。たくさんの人数で旅行していると、みんなそれぞれに興味の対象が違っていて、密かに行きたい所の下調べをして来ています。偶然一緒に行動して、思いがけない事や場所に巡り会うこともしばしばで、これはグループ旅行の醍醐味の一つです。
今夜我々グループの目指す場所は "カジノ"。私は考えもしなかった場所でした。我々の宿舎のユースホステルは、まわりに石造りの建物が並ぶ、ウィーンの街中とはいえ、ネオンサインなどもない街灯の明かりのみの静かな場所にあります。そのカジノはウィーン市の目抜き通りケルントナー通りKaerntner Strasse にあるということです。
約150年前、ウィーン市は小さな街だったときに取り囲まれていた城壁(今もドイツのローテンブルグに同様の城壁がその当時のままに残っています。)を取り壊し、大きく広がりました。その跡が幅広い環状道路リンク Ring となり、市電を始め、現在そこを行き交う交通量はかなりのものです。人々の発音は「リン」と聞こえました。ケルントナー通りはそのリンクの内側の旧市街にあります。そこまで行くには何か交通機関が必要です。
タクシーで行けば簡単なのですが、若い我々はそんな贅沢は出来ません。いざというときのために名刺大のユースホステルの名前や電話番号の書いた紙を貰い、暗い街に出ました。 "カジノ" をめざす我々は、財力はないけれど、少なからぬ好奇心と冒険心とを持っています。こういう時「何番の市電に乗れば行ける。」などと言う人が必ずいて、また誰もそれを疑いません。みんな市電にも乗ってみたいのです。
![]()
そこへ上下に赤白に塗り分けられた、お馴染みの市電がゴトゴトとやってきました。迷わず乗り込んだ我々は、ちらほら空席のある車内を、キップを買うために、座席につかまりながら歩き始めましたが、どうして良いかわかりません。仕様がありません。乗客の一人一人に
答えは"Nein." ばかり。7、8人聞いて、あきらめかけたとき、一人の男性の乗客が
"Do you speak English? " と尋ね始めましたが、"Yes." と言ってくれました。
ほっとしたみんなの目が「渉外担当はおまえだ。」と私を促します。「えーっ」と言っている暇もないので仕方なく、キップを買いたいこと、この電車が間違いなく目的の停留所へ行くかどうか、それはいくつ目か、を尋ねました。人間というものはいざとなると、思わぬ力が出てくるものです。その時、私は「知らない単語までしゃべっている。」と感じていました。その人は分かりやすい英語で「君たち、もう遅いよ。」、「その停留所は次の次だよ。」と答えてくれました。習慣的に運賃は降りるときに払うもんだと思っていたのに、乗り込むときに支払わなければならなかった事が判明しました。我々は知らずに出口から乗ったわけで、それを咎める人もいなかったのです。「どうしよう。どうしよう。」と言っている内に次の次の停留所が来て、「ここだよ。」の合図に、そのまま、乗った出口から降りた。これおわかりでしょうか? つまり "ただ乗り" してしまった訳です。
「ごめんなさい。ウィーン市交通局の方。」
このような珍しい体験に興奮しながら、はぐれないように充分気をつけて、にぎやかな夜の通りを軽やかに歩いていきました。そしてついに、とある入り口の前まで来ました。ここが目指す "カジノ" だと、自信を持って言う仲間の一人の言葉に従って、その戸口から上に続く狭い石の階段を我々は連なって上り始めました。
[戻る]
01/06/08